文化・芸術

2017年10月 4日 (水)

今日は、十五夜🎑。

空高く、紺碧の空に月が見えた。

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口ずさんでいた!
「春高楼の花の色、めぐる盃…
 秋陣営の霜の色、…」

荒城の月であった。
近く、城🏯なんて無いけど。

今の心境を写しているのだろうか! 

覚悟が必要な時、
この秋は、もの想いに逃げたくなる。

荒城の月を口ずさんだ
自分はの心境は、
「いざ、出陣」

古の侍を、自分に写していた!


https://youtu.be/CxMEOF7Vuto
荒城の月


2017年8月14日 (月)

花火と少女と、夏の夜の思いで

わたし、花火師になる。

 

8月5日、花火大会があった。

浴衣姿の女子中学生くらいの女の子がとなりに、二人いました。

最初の花火が上がった瞬間、
たくさんの観客が「うわー!」と歓声をあげる中、

女の子の二人うち一人が、
「花火師すごい、わたし花火師になる。」と、

とても大きな声で叫んだのです。
まわりの観客は、振り返るほどでした。


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女の子の友達は、
「あんたには、花火師は無理よ。」

女の子、
「ママに、わたし花火師なると言ったよ。」
「ママは、好きにしなさいって。」

と話していました。


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この女の子は、夏の夜空にどんな夢を描いたのだろうか!

『天の川の伝説、彦星と織姫』だろうか。
もしかしたら、『鶴の恩返し』だろうか。

十数年後、女花火師は、

どんな風に、夜空を彩(いろど)るだろうか、
どんな花火だろうかと、想像してしまいました。


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夏の夜の、幻想的な想いで。

 

夏の思い出は、綺麗すぎて忘れられない。

花火と少女と、夏の夜の思いで。
〈私、花火師になる。〉

 

 

2016年8月 2日 (火)

小さな綺麗な、お祭り

今日は、街の小さなおりでした。

水面を回り続ける玉を、見つめている。

この風景は、わたしが子どもの時の、あの祭りの風景ではないか!
その場に、わたしの記憶とともに足が止まってる。


いつまでも、いつまでも、
水面を駆け巡る玉をみてよ。

この時を、聞こえる音とともに記憶に焼き付けてよ。
いつまでも、いつまでも、音とともにみてよ。

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懐かしくて綺麗な風景をみて、夢かと思ってしましました。


2015年12月11日 (金)

日本の宝ものは、優しくて気品がある日常生活を作っていたと思う

日本の宝ものは、優しくて気品がある日常生活を作っていたと思う。

11月下旬、六本木ヒルズで講演があった。
『再生~日本の伝統に、スイッチを入れる~』
である。 講演者は、株式会社「和える」代表取締役の矢島里佳(やじま りか)さんと言う20代半ばの女性でした。

 

人の思いをかたちにすれば、ビジネスとして成り立つのですね

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大学卒業を目前にした2011年3月の東日本大震災の余震が続く東京で起業しました。そして、今だからこそ起業して『これ』をしなけらばならないとおもったから凄いと言うしかない。

起業した理由は、自分の考えていたビジネスをしている会社を探していたけど、なかった。
だから、『これ』をしたくて起業したそうです。会社が無いと言うことは、「ビジネスとして成り立たないから、または誰も気がついていないから」そのどちらかだろう。

でも、自分の直感を信じて起業しました。会社の経営のしかたも分からないし、金銭的なことも分からない。ただ、『このことがしたくて』起業したのです。
私が、欲しいと思っているから、ほかの人も欲しいだろうと思っただけで起業したのです。

まさに『無知の勇気』と本人も言っていました。

この問いは、私が私自身を動かしたのです。

講演の最後の方で、矢島里佳さんが『問い』を投げかけた。

『日本の伝統・文化をなくしたとしたら~あなたは、何にもとづいて日本人としますか。それは他の国と何が違うのですか』。

私は、この『問い』に答えられなかった。
それは、この日本の伝統・文化を無くしたら、日本人とは言えないと感じているからです。

日本の宝ものに、なんで大人たちは気づかないんだろうと矢島さんは言いました。
私は、このことを忘れていたのです。日本の宝ものは、優しくて気品があるものだと思います
それらは、日常生活に溶け込んでいたのです。だから、普段気にすることもなかったのですね!そして、気つかぬうちに見失ってしまっていたのです。

私たちは、忘れているのです。優しくて気品がある日常生活が普通にあることを
私は、この優しくて気品ある生活を取り戻してみようと思いました。

そして、私には出来ることがあると思いました。
それは、私がしようとしていることの始めてのことだったのです。
この時、私の気持ちは活動し始めていました。

「衰退する日本伝統産業は、ここで止めなければならない。」そう、言ったのは講演者の矢島さんでしたが、それは、私自身でもあったのです。

そして、矢島里佳さんに会いに行きました。

この人は、確かに私を行動に移したけど、それは、自分が望んでいたことでもあったのです。私は、この人に「ありがとう」と言いたい。

TEDスピーチ サイモンシネック 優れたリーダーはどうやって行動を促すか


2015年11月25日 (水)

私は久しぶりに笑顔になった、それは神様みたいな人『軍地紗弓』さんとお話したからだ。

11月23日 六本木ヒルズ交流パーティでこの方、日本のファション業界のトップランナー軍地紗弓さんに会って、少しお話することができた。
交流パーティでは、多くの方が軍地さんと名刺交換されていて行列ができていました。
でも私は名刺交換はしない。そして、遠くから眺めていただけでした。
それは、私からみたら軍地紗弓さんは、神様みたいな人だからです。
僕にとっては、近づくことさえも許されないような人なのだ。

でも、違った。
パーティの終わり頃に、軍地さんの周りに人が少なくなった時、この神様みたいな人と少しでもお話がしたくなりました。
それは、確認したいことがあったからです。そのことは、軍地さんの講演のお話をノートにメモとイラストで書いていたことでした。
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そして、軍地さんにみていただいたのです。
軍地さん「イラストに書いてくれたの、うれしいわ。この映画のシーンなんです。......ありがとうございます」とおっしゃて下さいました。それから、そのことついて講演で話さなかったことを話してくれました。

私は、すごくうれしかった。この交流パーティでは5人くらいの人と会話しました。
この日、もっともお話がしやすかった人、そして私を笑顔にした人は、自分にとって神様みたいな人、軍地紗弓さんでした。

そして、分かった。

この方が、どうして業界のトップランナーなのかを、
それは、この人なら自分のことを理解してくれると思えてしまうからでした。
そして、もっと話がしていたい欲求に駆られたのです。
この日、私を久しぶりに笑顔にした人は、いつまでも話をしていたい人、『軍地紗弓さん』でした。
神様みたいな人が講演でおしゃっていたこと、「真横にすわって人の心の声を聞くこと、人が幸せになる方法を選択すること」。

ファーストクラス立役者 ファッション監修 軍地紗弓さん



2015年10月 4日 (日)

わたしのことを知らせてくれたもの、「友よ、きみのためなら~」

~友よ、きみのためならこの命かけて戦おう!
天井に拳(こぶし)を振りあげ堂々と言い放った久実の言葉だ。
「お願いします」
そう言うと、友はわたしに、力強いまなざしで優しく微笑(ほほえ)んだ。
湊さかえ著「サファイア」ルビーから


わたしは、この言葉が好きになってしまいました。
そして、この言葉とこの4行をノートに書き留めました。

この物語の最後の場面は、殺人を犯した友(わたし)を友(久実)が弁護士としてわたしを救おうとする場面なのだ。この弁護には、勝ち目がない。そして、弁護士としての地位も名声を失ってしまうのです。

あえて、わたしはこの物語のストーリーは書かない。
なぜなら、このような物語は誰でも想像することができるからと思うからです。
想像できないのなら、生きている意味を自らに問うべき。
そう、わたしは思っている。



わたしが、この言葉を書いたほんとうの理由は、こうである。

『わたしは、きみを忘れることは決してないが、きみを避けていたのだ。
それは、自分を守りたかったからです。きみのためにも自分の命を守りたかったのです。
そして、この命をいつかきみのために使おうと思っていたのです。

だから、きみへの想いだけで何も行動できなかったのです』

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このことを、この短い物語がわたしのことを知らせてくれたのです。


「~友よ、きみのためならこの命をかけて戦おう」
天井に拳を振りあげ堂々と言い放った久実の言葉だ。

2014年10月12日 (日)

私の信念『人は誰でも英雄として生き死ねる』は、こうして出来た。

私は、こう思っている。
人は、誰でも英雄として生き死ねる。

世間では一般に、こう言われている。
30歳過ぎたらこうだ。40歳すぎたらこうだ。50歳すぎたら自分の顔に責任もて!

一番いやな考えは若い時にどんな事をしたかで、その後の人生が決まうこと、。
つまり、今までの過程により人生が予測されることである。

確かにその通りかも知れない。そして、ある程度の年齢になったらそれなりの人になる。
その後の人生は、もう決まってしまう事を、言うことである。

私は、この考えには好きにはなれない。
なぜなら、ある程度の年齢になったら、
それなりの人で止まってしまうからである。


私は、いつでもアクテイブに行動する人が好きだ。
なぜなら、現在のこの瞬間が大切であり、それなりの人になっても
何も行動しないなら、退屈なだけである。

私は、人はいつでも『英雄』のように生きる事ができる、と信じている。

私の信念は、こうである。

『人は、誰でも英雄として生き死ねる』

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もし、
あなたが、49歳と364日までは落ちこぼれの人生だとしても、
49歳と365日に達した時に、愛する人を救わなければならないとし、
自分の人生の全てを賭けて行動したら、
あなたは、『英雄として生きた』ことになる。

私がこの信念に到たったのは、ある映画によるものである。
その映画は、

『ジャック・サマースビー』


この映画は、はっきり言って秀作でもなく一般的に感動的でもなく、
そして、ジャンルまたは思想は何かと問われたら、すぐには答えがだせない。
午後のメロドラマみたいな映画です。

感動的な恋愛ものでものなく、家族愛でもなく、、冒険でもなく、
はたしてなんだろう。
とにかく、退屈な感じの映画かもしれない。

この映画の主役は、男か女なのかも意見が分かれる作品であるが、
最後のクライマックスまでは、男が主役であるがその主役の妻役は、
赤の他人で恋愛感情なんて何もない。

つまり、あるを事を理解または、感じる事ができなかったら、
とても、退屈な映画です。

では、この映画は何を言いたいのか、
最後の方になって、何となくわかった。

この映画のクライマックスは、
最後の5分くらいの場面で、妻役の女が叫んだ時に、
この映画は、
何を言いたかったが分かった。

最後の場面は、絞首刑の死刑の場面である。
死刑台の上で、
男は、不安と孤独と死への恐怖で落ち着きがない。
そして、必死に妻を探している。

そして、妻役のジュデイ・フォスターが
「ジャック、私はここよ」「Jack.I'm here me」と叫んだ。
その瞬間、死刑になる男が妻を見つける。

この時、
男の表情は、何かをやり遂げた自信に満ちた表情になる。
偽物の妻に、人生を救われたのです。

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この時の男の表情に、この映画の全てがあると私は思っています。
この男は、自分の結末の死において、
自分の図りしれない偉業に、至上の感激を感じたと思います。

もしかしたら、
多くの人には、この男の『英雄として生き、死ね』ことに、
至上の感激を感じることには、理解できないかもしれないと思っている。

なぜなら、
勝手に無実の罪を背負って、死刑と引き換えに自分が英雄にでもなった気分の、
自己満足なのだから。

しかし、
人が自らの人生のすべてを賭けて、行動することは、
その人の人生は、このうえない素晴らしいものだと思う。



今までの人生が怠惰であり落ちこぼれな人生だとしても、
『人は、誰でも英雄として生き死ねる』と言うことが、
私の、信念になる。

 英雄として死にたい

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英雄として死にたい!

 

2014年9月25日 (木)

人生はロマン・浅田真央さんとラフマニノフのピアノ協奏曲 NO.2

フェイスブックでこんな言葉があった。

人生はロマン。
自分は不幸だと思う悩むのではなく、
試練を与えられた物語の主人公だと思えば、
人生をエンジョイできる。
 美和明宏

これだ、
ネットビジネスで著名な人もこの事について言っていた。
自分の物語を作ることである。
しかし、ネットビジネスにおける物語は、ほとんどが嘘であることも言っていた。
自分の真実に基づいていない人は、必ず消えていくそうだ。
必ず勝ち残る事ができる人は、自分に忠実な人だそうだ。

私にいたっては、人に語れるような物語は全然ないし、至って普通としか表現しようがない。
また、どう見ても現在の自分は決して人に誇れるものではない。
あまりにも普通に負け組と言う感じである。
つまり、物語にならないのである。

ある人がこんな事を言っていた。
何処へも行かなくても良い。大それた経験がな無くても良い。
人を惹きつける武勇伝なんて必要ない
友達が居なくても良い。

誇れるものがないなら、自分を磨けばいい。
たくさん本を読んで感性を磨けばいい。

する事は、努力する以外に何もない。

感動の動画:浅田真央さんが採用したラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番 
作曲家、ラフマニノフは再起不能と言われた時から4年間にわたり苦しみぬいて再起を果たすために最後に完成させた曲。
この曲は、ラフマニノフの人生そのものであり、
そして浅田真央さんのラスト演技にあまりにもドラマチックで感動的。

2014年9月10日 (水)

泣いてもいいんだよ / こんないい歌だとは知らなかった。

いま、こんな歌が流行ってるけど、こんなにもいい歌とは知らなかった。
私のブログにあっている。

泣きたくても泣けない時が、
苦しいのは誰ですか。

「強くなれ 泣かないで」「強くなれ 負けないで」
「大人になれ 泣かないで」「大人になれ 負けないで」

でも、もう泣いてもいいんだよね。

* 素晴らしい動画と歌で感動を、そして心と身体に休息を

2014年9月 6日 (土)

これから映画みるのに、こんな想いが

これから、崖っぷちの映画を見るけど、こんな想いが湧いてきてしまった。
普通は、見たあとに感想を書くだろうけど私はこれから見る映画のパンフレットのイメージから私が思っていることを書いてみてしまった。

岩山の崖を登るクライマーの映画だ。
何に惹かれたか、それは『崖っぷち』である。
そして、私の言うところの崖っぷちは恐怖でしかない。また、高い所は嫌いなんです。
今の私には、この言葉『崖っぷち』が合ってるし、それが今どうしても必要なんだとわかってきた。

『崖っぷち』、絶対絶命の時である。
この時が、私が持てるすべての力を出し切れる時です。
そして、いま私が持てる以上の力を出せる可能性がある時なんです。

今、このチャンスしかない。
私はある目的のために今持っている以上の力が必要なんです。
私の壁(目的)はあまりにも大きくて、普段の自分の力では克服することは、成し得ないと思っているのです。
だから、もしかしたら、私自身が無意識の内に自らを『崖っぷち』に追い込んだのかもしせん。
それでいいんです。それしかないんでしょう。

それなんです。
この時なんです。
今、こころが震えているんです。本当のところとても怖いんです。すべてを失うかもしれないんです。
私には、やらなければならない事があるんです。その、やらなければならない事はとても力を必要とするんです。

私は、自らやらなければならない事のために、自らを『崖っぷち』に追い込みました。
あゝ、神様。
私の、やななければならない事は、決して自らのためではないんです。
私が、成功することにより、ある人が自分を尊敬できることなんです。
他人からしたら些細なことかもしれないんです。
でも、私にとってはとても大切なことなんです。
ここに生きた証にもなることなんです。

そのためには、私は自らを犠牲にしてもいいんです。
あゝ、神様! 
こんな私のために、力をお貸しください。
こんな私を、ある人が尊厳を得る事ができるまで、私に力を与えてください。

私は、この崖っぷちが怖くて怖くて震えています。
この[ふるえ」は、この「震え」とこの「奮え」の2つが私の心にあるんです。

もしかしたら、この崖っぷちから落ちるかもしれないし、
いつかは落ちるのではないかと思っています。
望みが叶うなら落ちてもいいんです。

でも、神様、

もう少しでも生かしてください。私の望みが叶うまで!

Photo


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    ある昼ドラみたいな平凡な映画が、「英雄として死にたい」のブログを作った。
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