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2018年9月22日 (土)

ピダハン。一度に一日ずつ生き楽しむことを教えてくれた人がいた。

一度に一日ずつ生き楽しむことを教えてくれた人は、京都から来た女性だった。

空きの時間があると、本を読んでいた女性の朝のスピーチで話した内容です。

ピダハン」、アマゾンの奥地に住む集団の名称である。

この本は、聖書伝道師言語学者が書いたものであるが、彼を無神論者にしてしまうほどの経験によるものである。

だが彼らには、命を脅かす疾病の不安がある(マラリア、感染症、ウィルス、リーシュマニアなど)。性愛の関係もある。家族のために毎日食料を調達しなければならない。乳幼児の死亡率は高い。猛禽な爬虫類や哺乳類、危険な虫などに頻繁に遭遇する。彼らの土地を侵そうとする侵入者の暴力にもさらされている。

~~~~~~~違いは、私は慌てふためくが、彼らは慌てないということだ。

~~~~~~ピダハン語には「心配する」に対応する語彙がない。

MITの認知科学の研究グループは、ピダハンはこれまで出会ったなかで最も幸せそうな人々だと評していた。

引用:「ピダハン」ダニエル・L・エブェレット著、みすず書房

「ピダハン」の筆者は、20年間にわたりピダハン語を研究し、聖書を彼らに伝えようとしていたが、ピダハンの哲学が優れていることを悟り、無神論者になってしまいました。

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「ピダハン」ダニエル・L・エブェレット著、みすず書房

聖書の教えは、ピダハンにとっては、爆笑ものであり笑い話だったのです。

ピダハンには、天国も地獄もなくまた、過去も未来も無い。不安や恐れも、絶望も無い。

あるのは、目の前のジャングルと現在だけでした。

そして、いつも笑顔で幸せそうに生きている人たち


ピダハンの脳には、とてつもない哲学が存在していたのです。

信じれるものは、自分だけであり自分の事は、自分で始末するという。

子供でさえ、自分の生命は自分で守らなければならなという、残酷なほど厳しい。

ピダハンの人生は、大変に厳しく危険に満ちているだめ、一度に長い時間を続けて寝ないと言うくらい過酷でした。

ピダハンと呼ばれる人たちは、この現実を自らの強靭な肉体と精神で生き楽しむことをしていたのでした。

これでは、聖書のイエス・キリストの話なんて、お粗末で笑い話しかならないし、信じている自分は、彼らからしてみれば劣等な生き物にしか見えない。


京都から東京へあてもなく来た女性が言ったこと。

『過ぎた事はどうでもいい事、明日の事は知らない事で、
一度に一日ずつ生きて行けばいい。』



確かに、生きていくことは一日一日の積み重ねに過ぎない。
ただそれだけのこと。

《この現実を生きれることが、俗に言う天国だと言う事》
このことを、忘れたいた。

一度に一日ずつ生き楽しむことを教えてくれた人は、京都から来た女性だった。

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Aruno

2018年9月12日 (水)

夏の想い出は綺麗すぎて忘れられない。シンガーソングライター木村結香「花火」。

今年の夏の思い出は、綺麗すぎる。

私の 2018年の夏は、終わった。

この夏の出来事は、これからの私にとって大切なもの。

これに違いはないと、私には言い切れる。

天候は日々暑かった、それよりも仕事場は人の熱気に溢れて熱かったのです。

朝 4 時まで、仕上げに費やした人もいたし、

全員が持てる力のすべてを発揮してくれたのです。

仕事の出来具合よりも、嬉しかったことがありました。

それは、

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ある人の、ぼそりと言った一言でした。

「~さんの言葉にを感じた。」

最後の日に、こんな歯の浮くような言葉を言うなんて、

胸に込み上げるものが、でも堪(こら)えた。

この思い出は、私の宝物
消せない思い出です。

消えないように、君に会えるように、
もう一度この夏の思い出を蘇らせたい。


人それぞれの今年の夏は、終を告げたのです。

夏から秋へと移り変わる季節、誰でもひと夏を振り返ってしまう。

でも、夏の出来事は、思い出の中にしかない。

シンガーソングライター木村結香「花火」 MV。

一瞬で、消えてしまうのか。
でも消せやしない、消えて欲しくない、夏の思い出

「花火」

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夏の思い出は、綺麗すぎて忘れられない。

2018年8月 5日 (日)

爽やかで自由な未来を、笑顔が素敵なシンガーソングライター木村結香さん「キラキラ」

新しい未来を感じさせる、「キラキラ」が素敵でした。

今年の夏は、たいへん暑い日が続いていますが、
そんな中の7月15日に千葉県千葉市美浜区のショッピングモール、
ミハマニューポートリゾートで無料ライブがありました。

 

この日は、爽やかな風が吹いてくれて、過ごしやすい日でした。
ステージでは、シンガーソングライターの木村結香(きむらゆか)さんが歌っていました。

 

今年の5月連休に作った歌だそうですが、何かを感じさせるものがあるのです。
いつもの日常で、忘れかけていたものでしょうか!。

 

ちかごろ、「未来(みらい)」と言う言葉を多くの人が、口にしなくなったような気がします。
毎日をいつもの通りのままでも、日常生活は営んでいけるからでしょうね。

 

でも、それは違った。
身近(みじか)にある世界は未来は、もっと広くて自由で楽しいのです。

 

木村結香さんが創り出した詩(うた)は、
この日のように、爽(さわ)やかにどこまでも広がる自由な未来を、
感じさせてくれました。

 

この詩(うた)の世界は、
木村結香さんが言う「アオノセカイ」でしょうか。

 

笑顔が素敵な、シンガーソングライター木村結香さんの「キラキラ」でした。

 

 

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2018年3月24日 (土)

シンガーソングライター木村結香の魂の一曲は、冷静の中に情熱があふれでていた。

第7回福魂祭でギター弾き語った木村結香は、音楽の力を見せてくれた。

今年、2018年3月11日に福島県郡山市で行われた福魂祭(ふっこんさい)へ、
木村結香(きむらゆか)さんは初めての出演でした。

出演が公表されたのは、2月26日でしたが、それ以前より福魂祭の目的にあう歌を選曲していたようです。

また、一番大切な福魂祭で歌うことの意味を、感じとってくれていました。

木村結香さんは、シンガーソングライターとして今までない素晴らしい歌を、
披露(ひろう)してくれました。

スポットライトの中、『シンガーソングライター木村結香のギター弾き語り』は、
冷静(れいせい)の中に情熱(じょうねつ)があふれでていた。

ここにいた、人たち子どもたちに、感動とともに勇気をもたらしたと思います。

シンガーソングライター木村結香の魂(たましい)の一曲は、
冷静の中に情熱があふれでていた。

 木村結香 / 「欲しがりな私の手」

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木村結香 Official Web サイト

福魂祭とは、2011年3月11日に東日本大震災が発生しましたが、原発事故の影響で
復興が遅れている福島の人々や、特に辛い思いをしてきた子どもたちに、
誇りと勇気を持ってもらうこと。
同時に、このことを全国に発信することで、福島を復興・再生することでした。
第7回福魂祭、主催:福魂祭実行委員会。ビックパレットふくしま

2017年12月25日 (月)

シンガーソングライターは知らせた。世界は幸福なロマンに満ちている。

世界は、幸福なロマンに満ちていた!

どんなにも、今日の空が曇っていても、
「あの日にみた青空」と「あなた」と、
「叶わぬ夢」を思い出してしまう。

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きのう、木村結香さんと言う人の歌を聴きにいった。
11月に、偶然に知った人だけど想いをこめて歌う人でした。

いつのまにか、なんどもシンガーソングライター木村結香の歌を、聴いている。
静かでも、元気があふれてきた!


大人になり、年齢を重ねるごとに人生は、世界は複雑なことを感じてしまい、
子どものときに、夢みていたロマンを忘れていた。



でも、気がついた!
真実は人生も、世界もシンプルでロマンに満ちていた。
手を伸ばせば掴めるところに、幸福なロマンがありました。



シンガーソングライター木村結香!
世界は幸福なロマンに満ちていいることを、知らせてくれた。



2017年12月.;最新MV『コスモス畑で恋をする』




2017年10月 4日 (水)

今日は、十五夜🎑。

空高く、紺碧の空に月が見えた。

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口ずさんでいた!
「春高楼の花の色、めぐる盃…
 秋陣営の霜の色、…」

荒城の月であった。
近く、城🏯なんて無いけど。

今の心境を写しているのだろうか! 

覚悟が必要な時、
この秋は、もの想いに逃げたくなる。

荒城の月を口ずさんだ
自分はの心境は、
「いざ、出陣」

古の侍を、自分に写していた!


https://youtu.be/CxMEOF7Vuto
荒城の月


2017年8月16日 (水)

英霊は死に切れない。 8月15日、終戦記念日。

英霊は死に切れない。

今日の8月15日は、大東亜戦争によるポツダム宣言を受け入れた、終戦記念日

靖国神社へは、開門前に行くことにしました。
それは、お昼ごろですとたくさんの人だからです。

がんばって、前日は寝ないで午前3時にシャワーを浴びる。
そして、カジュアルだけど一番いい服装に着替えて、
朝いちばんの電車で行きました。

電車の中では、眠くてしょうがない。
でも、靖国神社に着いて、『手水』で身を清めたら、
目が覚めて晴れ晴れとした、神聖な気分になりました。

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その後は、神社前のドドールコーヒーへ行って朝食をとり、近くを散策です。
朝早くの散策は、こんなにも気持ちが良いとは、毎日でも続けたい。
*間違いなく無理ですね。

私にとって、靖国神社は先の大東亜戦争で亡くなった方を、
神としてお祀(まつ)りしている、大切なところなのです。

七十数年前、戦争に行くことは、死を意味していました。
実家には、その時の破れた『日の丸』があります。
そこには、たくさん寄せ書きがありました。
父、母、兄弟、親戚や近所などの人達の寄せ書きです。

戦争から帰ってきたのは、その破れた『日の丸』だけでした。

日の丸』を握り締めて、戦場へ向かうその人は、
どんな想いだったのだろうか。
どんな想いをして、死んで行ったのだろうか。

私には、分かる気がする。
自分だけが、生きる残ることではなかった。

『日の丸』に、寄せ書きを書いた人たちのことを、想っていたと思います。

自分の近くの人達を、想うこと。
それは、確かに日本の国を想ったのです。
そして、死んで行ったのです。


死ぬときは、どんなにか悔しかっただろう。
この国の行く末が分からぬまま、
死んで行くのは、どんなにか不安だっただろう。

英霊たちは、この国の明日を心配したのです。
それが、自らを捨て身の行動に駆り立てたのでしょう。
そうするしか、無かったのです。

家族の中で、自分さえ命を賭ければ、
家族が国が、安泰(あんたい)になるかもしれない。
と言う、わずかな希望だったと思います。


英霊たちの捨て身の行動が、
この国の国体を、少なからず保持させてくれたのです。
これには、感謝の他に言葉はありません。



しかし、
私は、こう感じている。

英霊は、死に切れない。



なぜなら、今はどうだ。
英霊たちが、望んだ社会の日本になっただろうか!。

もしかしたら、現在の日本は砂上(さじょう)の城かもしれない。
いつ、壊れてもおかしくないと思えないでしょうか。?

あの七十数年前の大東亜戦争は、確かに終わったのです。
「あの時は、戦争で大変だったね。」
「ご苦労様です。」
だけで、済(す)ますつもりでしょうか。?

そうじゃないでしょう。
次は、私たちの番なのです。

英霊が命を掛けた想いを、引き継ぎ新しい社会の日本を作ること。
それは、私たちに課せられた責務(せきむ)なのです。


『日の丸』を握り締め、命を掛けた英霊の想いは、
成し遂げられずにある。

それまでは、

英霊は、死に切れない。

この日、一日は英霊の想いに、馳(は)せたてみた。

2017年8月14日 (月)

久しぶりに、走るけど雨だった!

走るのは、久しぶりだ。
何年ぶりか?

土手に来たときは、雨だった。
風もでてきた。
どしゃ降りになるかも。

でも、
そんなの、どうでもいい!
今日は、走ると決めたから。

雨に濡れ、風邪を引くかも。
でも、たかが知れたこと。

ある修行僧の言葉を、思いだした。
「毎日が悪いか、最悪かのどちらかだ」
良いのは、修行を終えた一日だけ。

とにかく、走り出す。
これでいい!


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花火と少女と夏の想いで

わたし、花火師になる。

8月5日、花火大会があった。
浴衣姿の女子中学生くらいの女の子がとなりに、二人いました。

最初の花火が上がった瞬間、たくさんの観客は、「うわー!」と歓声をあげる中、
二人のうち一人の女の子が、
「花火師すごい、わたし花火師になる。」
と叫んだのです。

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そして、「ママに、わたし花火師なると言ったよ。」と話していました。

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この女の子は、夏の夜空にどんな夢を描いたのだろうか!
『天の川の伝説、彦星と織姫』だろうか。
もしかしたら、『鶴の恩返し』だろうか。

私は、十数年後の女花火師が、
そんなふうに、夜空を彩(いろど)ることを思い浮かべていました。

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夏の夜の、幻想的な想いででした。

2017年7月 4日 (火)

こんにも綺麗な夕日をみていたら、やり直す勇気が湧いてきた

綺麗な夕日を見てしまった。

いつも来てしまう、川沿い。

今日という、一日の終わり。
でも、明日は晴れると言う予感を知らせる時だった。

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そして、7月2日と言う日は、ちょうど一年の折り返しに日だった。
まだ、遅くはない。

「もう一度、やり直そう」
「なんどでも、やり直そう」それしか、無い。

私には、生きる理由がある。
しなければならない理由がある。
証明しなけれならない理由がある。

ただ、証明することが怖いだけ。

恐怖に立ち向かわなければならないのです。

この綺麗な夕日は、感傷的すぎて谷底の底にたどり着いた感じ、
最高に、深い谷の底。

立ち向かう以外に、抜け出す方法はない。


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ブログ「英雄として死にたい」の事

  • ゼンマイ
    ある昼ドラみたいな平凡な映画が、「英雄として死にたい」のブログを作った。
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