2017年7月14日 (金)

大切な何かを、忘れたと思う。

忘れ物をした。

確かにに忘れものをしたと思う。!


まえに、来たときを何かを忘れたと思ってた。

「ブルーのペンダントありますね」と、言って探してみたけど、ありませんでした。

私が手にしたもの、『気合いの赤』と店の人が言うので、『気合いの赤』のブレスレットを手に入れました。

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帰り途中、私は何かを忘れたようだ。

忘れた何かは、私にとって大切なものかもしれない。

少し不安… …


もう一度、その場所へ行ったら忘れた何かを思いだすと、思う。

2017年7月 4日 (火)

こんにも綺麗な夕日をみていたら、やり直す勇気が湧いてきた

綺麗な夕日を見てしまった。

いつも来てしまう、川沿い。

今日という、一日の終わり。
でも、明日は晴れると言う予感を知らせる時だった。

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そして、7月2日と言う日は、ちょうど一年の折り返しに日だった。
まだ、遅くはない。

「もう一度、やり直そう」
「なんどでも、やり直そう」それしか、無い。

私には、生きる理由がある。
しなければならない理由がある。
証明しなけれならない理由がある。

ただ、証明することが怖いだけ。

恐怖に立ち向かわなければならないのです。

この綺麗な夕日は、感傷的すぎて谷底の底にたどり着いた感じ、
最高に、深い谷の底。

立ち向かう以外に、抜け出す方法はない。


2017年7月 2日 (日)

7日2日の正午は、今年の折り返し地点です。

君は、今年はじめに願かけをしたことを、忘れていないか!

今年の一月一日には、誰もが神社などで願かけをしたと思います。
今日、七月二日の正午は、一年の折り返し地点だったのです。

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今年こそは、今年こそはと、君は言わなかったのか!

忘れていたらもう一度、お願いをしに行こう。

もしかしたら、怒れる神が君を待っているかもしれないけど、
行くしかないのです。

まだ、今年はあと半分残っている。
今からでも、遅くはない。

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神様よ、怠惰な私を許しを。
もう一度、チャンスを。

2017年5月 4日 (木)

『時間を止めてしまいたい』と感じた、岩国と錦帯橋界隈の旅。

『時間を止めてしまいたい』と思わせる価値が、城下町岩国にあった。

出張先の仕事が午前中で終えたので、錦帯橋(きんたいきょう)と言うところへ、
知人の案内で行く。

そこで、私が気に入ったことは、錦帯橋とその周辺の趣ある町並みと、
そこで時を過ごしたほんの短い時間ですが、
『時間と止めてしまいたい』と思わせるほどに価値があったことです。

  時(とき)が止まったのです。

ここは遠い古(いにしえ)の民話が伝わる城下町岩国錦川周辺です。
ちょうどこの日、4月29日はイベントがあり、和装の着物姿の女性も多くおりました。
それは、絵にしたい風景でした。

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錦帯橋の橋の上から、視線を水面(みなも)へ移しました。
「川底の石が、はっきり見える。」

川の水が透明なので、川に浮かぶ船が空中い浮かんで見えます。
水が透明すぎると深さが、分からない。
自分が休みの時によく行く、東京湾へ注ぐ川とはぜんぜん違うわ。

吉香公園(きっこうこうえん)から錦帯橋を渡り終えると、そこは城下町です。
細い路地に、昔からの家屋(かおく)が連なっています。
私の故郷の古い家屋とは、少し違っているように感じました。

どこが、違うかと聞かれても、すぐには答えられない。
それは、しばらく故郷へ帰っていないからでしょうね。
ちなみに、私の故郷は福島県の真ん中です。

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上記の画像は、山口県Photo素材集より

城下町の路地を歩く。

古くから営んでいる酒造所だろうか、その店に入りました。
日本酒と漬物がありました。

「どうぞ、つまんでみてください」と店の女性に言われたので、少々頂きました。
私には、本当のところ漬物とはこんなものなんだ、としか分からなかったのです。

和紙に包まれている商品を手にとってみました。
お酒で漬けているとのことでしたので、それを買いました。

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 家に帰りまして、食べました。
 ご飯にあって、ご飯が美味しかった。
 岩国の城下町で買ってきた、お酒で漬けた漬物のせいですね!
 * 商品登録;【うまもん】の純正本造り、奈良漬

古い家屋がありまして、家の中を見ることができます。
中には、岩国とその周辺の観光案内のパンフレットや、
絵などが飾ってありましたが、家の中庭などから昔の人の生活を、
思い偲ぶことができました。

中庭は、小さな日本の庭園です。
松があって、池があって、季節の花々がありましたので、
昔の人は、現代の人よりも人としての感性が、
優れていたように思われました。
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来た時と同じように、錦帯橋の橋を渡り吉香公園に戻りました。

白壁がある通りを歩きました。昔のお屋敷のあとですね。

公園の中の神社へお参りです。
鳥居の前では、まずは礼をします。それから身を清めます。

私は、神社仏閣へのお参りでは、私自身が様(さま)にならない気がしています。
日常が、あまりにも忙しく荒ただしいので、それが身に現れているのでしょうね。

でも、今日この時はいつもと少し違って、様になりました。
これだけでも、ここへ岩国に来た価値がありました。
ここの風情が、私を穏やかにしてくれたせいでしょうか。!


木造の古い校舎がありましたが、だいぶ前に廃校になった高校だそうです。
それは、少し年代をさかのぼった映画に出てきそうな雰囲気です。


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歩き通したので『いろやギャラリー』と言うお店でひと休み。
ここは、絵画やアクセサリーなどを展示及び販売している店です。

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【いろや】色で変える!キラめく毎日のススメ
まいぷれ岩国;Ant gallery & Shop いろやギャラリー

椅子を勧められましたので、座りました。
三人くらいの和装の女性と男性がいまして、まずは自己紹介です。

ここに、書道家で毛筆を用いて、文字を書いている女性がいましたが、
お酒に貼ってある、ラベルの漢字を書いていると言いました。

達筆で、印象に残る文字です。
いつか、なにかの折に書いてもらおうか。

自分のことを、もっと話そうかと思いましたが、初対面だし、
話題が自分には、知らないことが多かったので、あまりお話でしませんでした。

でも、その場にいるだけで心地よかったのです。
今日歩いた疲れと、昨日までの疲れがちょうどよかったのでしょうか、
とても居心地がよかった。



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「時間が止まっている」
「やばい! 帰れなくなってしまう」

新幹線の時間のこと、ではないのです。
私の気持ちと身体が、ここに落ち着いてしまったのです。

『時間を止めてしまいたい』
この一時(いっとき)を止めてしまった、自分がいた。



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都会での生活は、毎日が忙しく通勤はいつも満員電車です。
そこでの生活は、充実しているようで、充実していないことに、
気づいてしまったのです。

それは、ここ岩国と錦帯橋界隈で普段の日常生活では、
感じることができない風情(ふぜい)を、感じてしまったせいでしょうか!

古(いにしえ)と新鮮な風情を感じて、

『時間を止めてしまいたい』
と、痛切に感じてしまった、岩国と錦帯橋界隈の小さな旅でした。

錦の宴;岩国ビエンナーレ2017、酒とアートの芸術祭

shine短い時間でしたが、お世話して頂いた方々へお礼として記す。
  平成27年5月3日

2017年4月16日 (日)

カーテンコール 女優、川島なお美

借りた本は、一気に読んでしまった。
タイトルは『カーテンコール』女優、川島なお美の本です。

癌の闘病記では無い。女優・川島なお美として書いて本だ。
読み終えてスカットする。

が再発した。ほとんどの患者は、医師にこのように問うそうです。
「あと、どのくらい生きられますか」
しかし、女優・川島なお美は、余命宣告を医師に聞かなかったのです。

このとき、川島なお美は、覚悟を決めたのでしょうか!
明日の舞台を最高にするために、聞かなかったのでしょうか。
一日一日を最高に女優として演じるためだったのでしょうか。

死の直前まで稽古し舞台に立っていたのだ。
ついに、舞台へ立てなくなり、病院へ医師は『二三日が峠です』。

《舞台が寿命を短くしたのではない。舞台があったからこそ、あそこまで生きられたのです》

最後まで、女優を演じ切った! 川島なお美。
借りてきた本は一気によんでしまった。
人間の生き方を問われる。

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カーテンコール 女優、川島なお美

2017年4月 5日 (水)

春の祈願

4月2日 天気は薄曇りで少々肌寒い。
少し歩いたら、身体が暖かくなりマフラーを外して歩いていた。

気持ちの良い散歩日和です。

祈願!

ご婦人の方が、鳥居をくぐる前に一礼をしました。
その姿は、かっこよく素敵でした。
自分もそのようになりたいと思いました。

私に、そのようにできるだろうか。
「できない」。ぎこちないのです。

でも、形だけでもしたいと思いました。
何ごとも最初は、形だけでも良いのではないか。

よって、私も型通りに一礼をして鳥居をくぐりました。
(見た感じはどうだろうかね?。とにかく、かっこよくしたい)

それから、身を清めました。
これで、よし!

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看板には、何妙法蓮華経念じ拍子はしない事と書いてありました。
(もう少しで、拍子を打ってしまうところでした。)

私の実家は、南無阿弥陀仏の方と言うことは知っていましたが、
そもそも、何妙法蓮華経との違いが分からないのです。

ともかく何妙法蓮華経と心の中で念じました。
これで、良し。

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少し、離れた場所には桜の花が咲いていました。
真っ白い小さなです。
まさに、春の中と言う感じでここに鶯(うぐいす)が泊まっていたら、
絵になる景色でしょうね。

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派手さが無いですが、趣があって素敵です。

それから、お寺を出ていつものよく通る川沿いの道を散策しました。
私の好きな通り道の一つです。

ここの桜は、まだ三分か五分咲くらいでしたが、いくつかは八分咲くらいで、
ちょうど良い見頃でした。

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今週末には、ここの桜並木は満開だろうか。

ここは、私が好きな通り道。


2017年3月12日 (日)

菅直人、政治家としては最低の者だか国宝級に評価する。

250km圏内、人が住めないところになるところだった。

これは、事実だ。

この日、6年前の3月11日夜、
ラジオで東京電力福島第一原子力発電所に異常があると言うことを聞いた。
同時に、最悪のシナリオが想定された。

それは、東北地方が分断されるだけでなく某国が侵入してくることである。
クーデターであり戦争である。もし、日本に打撃を与えるためには絶好のチャンスだった。

しかし、時の総理大臣菅直人は、最悪のシナリオを回避するべく行動をとったと考える。
国の安全の為の自衛隊だけでは、手薄となるため予備自衛官の出動させ、原発事故から逃げようとした、東京電力の幹部連中を福島原発へ張り付かせ、国の総力を結集させた。

また、最悪のシナリオを回避させる為には人命よりも国の崩壊を防ぐことを優先させたこと。
そして、彼の発言は、こうだ。
「死んだっていいからやれ。逃げれると思うな。」
「俺だって、死んでも構わん。」
この時の総理大臣菅直人には賛否両論があるが、最悪のシナリオを回避できたのは、

左翼の革命運動家と呼べれる菅直人だからこそ、この程度に押さえ込めた思うし、仮に最悪のシナリオになった場合、この人だったら日本を窮地から救えたように思う。

もしかしたら、菅直人元総理大臣は、左翼の革命運動家と呼ばれると同時に、最強の愛国者だったかも知れないと、今になって思う。この件に関しては

国宝級に評価してもいいではないか!

日本を窮地から救った一人の人間として。

政治家としては、最低の人間だと思っているが。

この時ばかりは、国宝級に評価したい,日本を救おうとした一人の人間として。

2017年2月21日 (火)

『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』を見て

映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う。』
をみた感想。

FMラジオのJウェブと他の局でも、この映画について言っていた。
気になって、さっそく渋谷の映画館へ。

映画の内容は、妻が突然死んでしまうので、
悲しむ時間さえ無かった男の話です。

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ラジオでこの話を聞いた瞬間に、わたしはこの本をすぐに思い出しました。
精神医学博士のE、キューブラ・ロス著『死ぬ瞬間』です。

ここに書いてあったのは、大切な人がなくなった時は、悲嘆を味わなければならない
と言うことだ。
その為の時間が必ず必要なことです。
だから、その儀式として葬式があり、その準備も必要と言っていました。

人は必ず死ななければならないし、それは人生を豊かにもするのです。

確かに、この本に書いてあったような映画だとも思えました。

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この映画の最後の場面は、雨の中を男が走って行くシーンであるが、
素晴らしくいつまでも見ていたいと思いましたが、
突然に映画が思ってしまうのです。

すぐには立てない、エンディングの音楽が終わるまで誰ひとり立たない。
楽しいとか、切ないとか表現が困難ですが、
ただ、身体の中を風が通りすぎて何かを残している感じなのです。
余韻がジーンとする


人は、いつか必ず死ぬ。
出逢った人とは、いつか別れなければならない。
悲しいときも、嬉しいときも、苦しいときも、
何もかもあって、どうしようもなくもがくときもある。
それが、生きるってことなんだ。


これで、よし。







2017年1月30日 (月)

ステキな恋の忘れ方

久しぶりに良い歌を聴いた気がした。

女優であり歌手の薬師丸ひろこさんです。

若いころよりも今の方がずーと良く感じるのです。
感情が歌にこもっている。

これは、この人がさまざまの経験を得て、生きてきた証(あかし)なのでしょうか!。
それとも、自分が感じやすくなっているからなのでしょうか。

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憂(うれ)いある君の瞳が乾くまえに、君に告げたい。
純粋に人生を、生きる君は美しい。

2017年1月 4日 (水)

天皇陛下万歳

今年の一月二日、初めて皇居へ一般参賀として行きました。
新年の皇居、一般参賀

天皇陛下の新年のお言葉が終わって、帰るときは案内された通りに、
人が少ない方向へ人の流れにそって行きました。

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そして、たどり着いたところは靖国神社の前で、せっかくなので靖国神社の鳥居を
くぐりました。午後三時だというのにたくさんの人がいました。

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そこで、気づいたことがあります。

靖国神社の英霊 が先の戦争でなぜ、天皇陛下万歳と言って突撃したかを、
それは、いままで頭の中では分かっていましたが、実感として感じませんでした。

しかし、今日はその事が実感として、感じてきたのです。
皇居の広場での天皇陛下がお見えになったときの、歓声と日本の国旗、日の丸が
感動的だったせいでしょう。
または、日本の歴史と文化の象徴としての天皇陛下を見たことによるものでしょうか。

それは、なにかもっとも深く大きく神がかりを感じさせるようですが、
あまりのも庶民的なものなど、とにかく日本と言う国は天皇がいるおかげで、
古(いにしえ)から今に至るまで、「日本と言う一つにまとまった国なんだな」、
と言うことが実感として湧いてきました。

すなわち、天皇は日本という国体であり我々の生活そのものだったのです。
それらを、英霊たちは自らの命を賭(と)して守ったのです。

多くの人は、靖国神社の英霊の思いを感じていると思いました。
そして、このことは今も昔も同じだと思います。

天皇陛下万歳

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謹賀新年
今年も、よい年でありますように!





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    ある昼ドラみたいな平凡な映画が、「英雄として死にたい」のブログを作った。
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